親父コーチの出たとこ勝負

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help リーダーに追加 RSS 月のウサギ

<<   作成日時 : 2008/06/19 22:38   >>

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昔から月にはウサギがいてもちを突いていると言われていますね。

月の表面の模様がそう見えるからだそうで、でも私にはいくら見てもそうは見えません。

まあ、感覚的なものって言うのは人それぞれですから。

しかし、古代のインドの人たちは月にウサギはいないけれども、神様が月にウサギの模様を付けたと考えました。









古代のインドの人達はお釈迦さんが現世に生まれて覚りを得るのには、それまで無限に生まれ変わりながら善因を積んで来たのだと考えました。

それを物語として後世に残し、それは「ジャータカ」と呼ばれました。

したがってジャータカはお釈迦さんの前世譚です。

月のウサギの話はその一つです。



この話にはいくつモノタイプがあって、原文を見ていないので私にはどれが原文に忠実なのかはわかりません。

あと、この話は捨身施の功徳を説くものですが、私はこの手の話は相手の反応を見ながら確実にこちらの真意が伝わらない限りしたくないので、かなり大まかな話しになってしまいます。



ウサギがある事をして帝釈天をもてなしました。

ただ、ウサギはそれによって死んでしまいます。

帝釈天はその善行を称えて、そのうさぎの焼け焦げた皮を月に張り付けて上げました。

それで月にはウサギの模様があるのです。



なんか感動が無いなあ。

これだけ割愛すると本当にまあ、なんだかなあ。

戦前だったら全部出してもいいんですけどね。

現代では何をどう勘違いするかわからないし、この話を利用しようとする輩が出るかも知れませんしね。

これで勘弁して下さい。

ただ、餅つきをする月のウサギは、この話が元だとする説もあります。

人間が移動することにより文化も移動するんですね。

○○童話の中のあるお話の元は中国にあったそうですしね。



とまあ、そんなお話でした。

興味のある方は「ジャータカ」「うさぎ」「月」で検索するとわかると思います。

ただ、あくまでも表現の一つですので、書いてあるまんまを信じないで下さいね。

私は檀家さんの前で捨身施の話はまったくしません。

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コメント(4件)

内 容 ニックネーム/日時
 おはようございます。
 「月の兎」の話、恥ずかしながらまったく知りませんでした。毎度のことですが、勉強させていただきました。
 しかし、こういう話って、なんで理不尽なんでしょうねえ。帝釈天が力尽きて倒れてる老人になってるのもよく判らないし、その老人を助けようとするのはいいとして、自分の非力さを嘆いて火の中に飛び込むこたぁないだろうって、思わずツッコミを入れてしまいました(^^;)。
ウルトランナー
2008/06/20 06:40
ウルトランナーさん、こんばんは。
私も最近知りました。日本人では知らない人の方がずっと多いと思います。
わが身を捧げて供養する話は結構多いのです。これを捨身施と言います。「身を捨てて施す」ですね。たとえそれほどのことができなくても、その時できる最大の事をすればいいと思うのですが、信仰心を煽るためでしょうか、このような話になっています。
この話も原文が何通りもあるのか、後世の人が色々に解釈して訳したのか、様々話が語られています。帝釈天は動物達を試すために老人になり、ウサギは施すものが無いのでわが身を犠牲にして老人に食べ物を施しました。
でもねえ、死んじゃダメですよ。現代の日本でこの話をするのはちょっと危険だと思います。
森が火事になり、大きな谷のために逃げられない動物達を、わが身を橋にして救い、最後に力尽きて死んだ大鹿の話なら大丈夫ですね。
親父コーチ
2008/06/20 21:04
バナナと柿が嫌いになりそうなやかんです。
こんばんは。
読んでいて「人○御○」とか「ひ○ば○ら」なんて言葉が浮かびました。究極の・・・なんでしょうが、おー、こわっ。
ドラマなどでいちばん重い刑の執行を受けるシーンの時に牧師さんとおはなししたりしますが、あれって収監中にその世界に傾いたって事ですかね。本人が希望したら坊さんや神主さんを呼んで貰えるんでしょうか。別に深い意味はありません。何となく疑問に思ったものですから。
重い病気の友達から「もう一度会いたい」と言われて出かけていった寂聴さん。手を握ってしみじみと言葉をかけたら「あんたはすぐ引導を渡すから、もう見舞いに来んでいい」と叱られたそうです。タイミングって難しいですよね(笑)。
やかん
2008/06/20 22:38
やかんさん、こんばんは。
日本人とインド人、古代人と現代人、考え方も受け取り方も大きく違うのでしょう。
監獄に神主さんはどうか知りませんが、お坊さんは行きます。仏教の中では浄土真宗が一番古くからやっていました。どうぞお好きな宗派を指定して下さい。
お坊さんは病院にお見舞いに行くときは普通の格好で行きます。あのスタイルだと死に直結して入院患者が嫌がるからです。しかし寂聴さんも災難ですね。ただ、その人も今は良いかも知れませんが、最終的には死ぬのですから、良い機会だとよくお話すればよかったんです。死ぬ間際にお坊さんと話したってなかなかその気になれるものではないと思いますよ。早けりゃ早いほど良いんじゃないんですかね。
親父コーチ
2008/06/20 22:53

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